[NEWS] 寿町を新型コロナウイルスから守るための一試案・覚書(ことぶき共同診療所 鈴木伸)

寿町を新型コロナウイルスから守るための一試案・覚書

ことぶき共同診療所
鈴木 伸

【はじめに~寿町とは~】

寿町は横浜にある日本3大「ドヤ街」の一つである。「ドヤ」とは「簡易宿泊所」の通称で、①敷金、礼金、保証人は不要、②1部屋3-4.5畳の個室、③トイレ、炊事場は共同等の条件で、高度経済成長期には、現場から現場へ移動する日雇い労働者の短期の居住地として重宝された。

バブル期以後、公共事業の縮小に伴い、「ドヤ街」の住人は、若い日雇い労働者から、高齢者や身体、精神障害をもつ生活保護受給者に変化しており、寿町もかつての「労働者の街」から「福祉の街」」へ変化している。500m四方の小さな町に5700人余りが生活し、多くのヘルパー事業所、デイサービス事業所、訪問看護ステーションがあり、町には私の勤務する診療所を含め4つの診療所がある。障害を持った方も多く、1000人を超える方がヘルパーのサポートを受けながら生活している。

【「福祉の街」になる過程で起こったこと】

私が医師として寿町にきたH15年頃、不思議な現象に遭遇した。寿町では冬場になってもインフルエンザが全く流行らないのだ。たとえ、寿町のある中区で蔓延していても流行しないのである。「なぜなのだろう」とずっと疑問に思っていたのだが、その答えは後に分かることとなる。

「労働者の街」から「福祉の街」へ変化する過程で、ヘルパー、訪問看護、デイサービスが充実し、住民へのサポートが増えた。サポートが増える前の寿町は一般地区の平均寿命と比して短命であったが、サポートが増えるに従い寿町の住民の寿命は長くなった。するとそれに伴い寿町は冬になると「普通に」インフルエンザが流行る町となった。

というわけで、答えは次の通りである。各自が個室で生活し、学校や会社などの不特定多数の人々との交流が少なく、また人々の交流が少ない状態では寿町はインフルエンザは流行しようがなかったのだ。それが福祉的サービスが充実し、人々の交流が活発になると寿命が長くなる引き換えにインフルエンザも流行することとなった。

【寿町の特徴と新型コロナウイルスのリスク】

私は昨年まで寿町に見学に来られた方々に、この話を「美談」として紹介することが多かった。「寿町でインフルエンザが流行るようになったのは、サービスが充実し、人々の交流が活発になったおかげである」と。しかし、2020年になって新型コロナウイルスが日本国内で流行するようになると状況はかわった。寿のこの状況は「美談」ではなく、「非常に危険な状況」であるということに気付いた。

(1)高齢者、ハイリスクな基礎疾患を持っている方が多い

現在、約5700人の住人のうち65歳以上は3300人余り(57%)である(H29年調査による)。つまり、高齢者が非常に多いのだ。また、脳卒中後遺症、糖尿病、高血圧、喫煙、肺疾患など疾患を抱えている人が多い。

つまり新型コロナウイルスに感染すると重症化しやすい方が多く住んでいる町ということになる。

(2)「介護」をめぐる感染リスク

ヘルパー事業所に聞き取りを行ったところ、初めに述べたように障害を持ちヘルパーが入っている方が約1000人いるとのことである。介護は障害がある人が在宅生活を行う上で「生命線」である。食事、洗濯、掃除、会話・・・もし介護がなかったら途端に在宅生活が困難になってしまう人が多々いるのである。傍でみていると、寿のヘルパーは非常に熱心で、献身的な方が多い。非常に大変な状況にある人に本当に辛抱強く寄り添い、生活を立て直し、さらにはメンタルささえてくれている。

しかし、新型コロナウイルスという観点からみると「介護」の現場は非常に感染のリスクの高い現場である。「3密」を防ぎましょうと言っても難しい場合が多い。(せいぜい換気を行い「密閉」を避けるぐらいである。)そんな、介護現場でどのようなリスクがあるかを考えてみる。

①「ヘルパーからの感染」というリスクをどう減らすのか

もしヘルパーの間で新型コロナウイルスが蔓延すると、ハイリスクな障害者にも感染するリスクが高まることになる。このためへルパーを感染から守ることが大切であり、感染をさける行動をとってもらうということが大切である。現状、寿町でまだ感染が起こっていないということは、ヘルパーの方々の努力のたまものだとおもっている。しかし、新型コロナウイルスは感染力が強いためかかってしまうことは当然あり得る。(私もそうである。)そうであるならば、うつさないようにするためには「体調が悪ければ仕事を休むように」を徹底するしかない。しかし、見ていると時々不安になるケースがある。

1つ目は職場の人員不足から体調不良を押して働こうとする方を時折いらっしゃるのだ。勤勉なヘルパーさんほどそういう傾向が強いのだ。

2つ目は制度的な問題であるがヘルパーの賃金が相対的に低く抑えられているため有給が不足した場合生活困窮に直結してしまう。このため多少の体調の悪さでは仕事をしてしまうのではないかと感じている。

3つまた、感染防護のための資材、知識が不足しており感染させてしまうリスクが高いと感じている。知識については勉強会を開いたり、また、最近は教育動画も充実してるのでなんとかなりそうであるのだが、問題は資材である。マスク、ガウン、フェイスガードなどが必要だがこれらはどこでもひっ迫しており対策が求められている。

②「介護崩壊」に対してどう備えるか?

ここ最近、新型コロナの市中感染が始まっており、寿町のヘルパー利用者の中から感染者がでてもおかしくない状況である。もし感染者が出た場合、感染を避けるために介護事業所が手を引いてしまうのではないかというリスクもあると考えている。最近体験したケースでは半身麻痺でヘルパーなしでは生活困難な患者さんが発熱。新型コロナウイルスも否定できないということになり介護が一時的に入れなくなったケースがある。

幸い、このケースでは、利用者の方が排せつが自力ででき、食事もとれ、抗生剤にてすぐに解熱し数日で改善し、介護を再開できて事なきを得た。もし自力で排せつができず、食事には介助が必要であったりしたらとおもうと考えてしまう。寿町のヘルパーの方々は高齢者が多い。感染したらリスクが高い高齢ヘルパーが介護を拒否したとしても責めることはできない。そうした「介護の引き上げ」のリスクはあり得ると感じている。

一方で、介護事業所で感染が蔓延し事業所を一時的に停止せざるを得ないような状況もあり得るだろう。いずれにしても介護が一時的止まってしまう状態-「介護崩壊」のリスク-についても考えておかなくてはならないだろう。

(3)共有スペースが多い簡易宿泊所というリスク

簡易宿泊所の居住スペース自体は個室になっている。しかし、トイレ、炊事場、コインシャワー、ランドリー、エレベーターなど共有スペースとなっている。この共有スペースは、多くの住民が使ったり、触ったりするので、感染の温床になる可能性がある。実際、昨年末に特定の簡易宿泊所で一人のインフルエンザ感染者の発生以後、同じフロアでインフルエンザが蔓延することがあったのだ。同様のことが、新型コロナウイルスで起こらない保証はない。

【取りうる対策について】

以上、現在の寿町での新型コロナウイルスのリスクについて考えてみた。主として以下の3つのリスクが考えられる。

① 高齢者・基礎疾患をもつ方が多く重症化のリスク
② 介護現場での感染が起こるリスク、それに伴う「介護崩壊」のリスク
③ 簡易宿泊所という構造にある共有スペースが感染の温床となるリスク
の3つである
このなかで主として②③についての対策を考えてみたい。

(1)介護現場の感染リスクを減らすためにできること

まずはヘルパーを感染から守ることが重要であり、その為には以下の3つが必要である

① 防護資材(マスク、手袋、ガウン、フェイスガードなど)の支援。
現在、不足しがちな上記の防護資材を調達する物的、金銭的支援、仕組みが必要である。

② 防護スキルの向上支援(講習会など)
防護資材があっても、適切に使いこなせなければ感染リスクは下げられない。その為に、講習会や適宜の指導などで防護スキルの向上を図り、適切に使えるようにする。

③ 具合が悪ければすぐに休めるように徹底するとともに、それを可能にする財政的、制度的な補償が必要である。

(2)簡易宿泊所の共有スペースを感染の温床としないためにできること

① ドヤの共有スペース(トイレ・風呂、洗面台・ランドリー、エレベーター)の消毒を徹底。それを可能にする財政、制度的な支援、仕組みが必要である。

② 各ドヤ、フロアでの発熱、風邪症状者の流行の把握、情報の集約が必要である。各ヘルパー、帳場(簡易宿泊所の管理人)からの情報をプライバシーに配慮し集約するプラットフォームが必要である。それにより、早期の介入をはかることを可能とすること。

(3)オンラインでのプラットホームで情報を共有を行えるようにすること

上記(1)(2)を効果的に行うために、行政、ヘルパー、訪問看護、医療などの多職種が情報を共有できるプラットフォームづくりが必要である。また、昨今の状況を考え、オンラインで行えるようにすることが必要である

(4)介護崩壊、医療崩壊にそなえてバックアップを

もし、市中に新型コロナウイルスが蔓延した場合、診療所、訪問看護ステーション、ヘルパー事業所などで職場内クラスターの発生がおこることも想定しておかなければならない。一つの職場がしばらくの間機能停止となったとき、その職場が行っていたサービスをどこかが引き継げるよう準備が必要である。その為には最悪の状況を想定してシミュレーションを行いつつ、いざ最悪の事態が起こったときには迅速に対応できるようにオンライン上に話し合いの場を確保することが必要であると考える。

【最後に】

2020年の1月の時点では、世界が、日本がこんな状況になろうとはだれも想定していなかった。未曽有の危機の中で前例もない中、私たちはどのように行動していけばよいのだろうか?パニックに陥ることなく、冷静に現実をみつめ、物理的には距離をとりつつも、心情的には距離を縮め、励まし合い連携を深め、情報を共有することが必要である。そして、最悪の事態を想定して準備し、いざ事態が起こった時には関係者で知恵を出し合い、利用可能なリソースを最大限活用し、被害が最小限になるよう行動していこうと思う。

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5月5日 12:15〜 プロジェクトキックオフオンラインイベント
「#おたがいハマ トーク vol.5」

5月5日(火・祝)のランチタイムに30分間のオンライントークイベントを開催します。
ゲストは、鈴木伸さん(ことぶき共同診療所 院長)。

新型コロナウイルス感染の危機の中で、私たちはどのように行動していけばよいのでしょうか。冷静に現実をみつめ、物理的には距離をとりつつも、心情的には距離を縮め、励まし合い連携を深め、情報を共有することが必要です。
そして、最悪の事態を想定して準備し、いざ事態が起こった時には関係者で知恵を出し合い、利用可能なリソースを最大限活用し、被害が最小限になるよう行動していこうと呼びかけている鈴木伸院長にお話を伺います。
https://otagaihama.localgood.yokohama/topics/779/